2010年4月11日日曜日

喜びと感謝の日々。ありがとう台湾の人達

台湾に来て早4ケ月が過ぎ、台湾の生活が初めての妻や子供達もすっかりこの地に慣れたようです。
息子は隣の美容室に勤める人と兄弟の様に仲良くなり、娘は、お客様で来られた同年代の子とすっかり打ち解け合い、互いの家を行き来しています。友達が増えるたびに、彼らの北京語力もアップしている様に感じます。
妻も、買い物に行くパン屋さんやスーパーの方々と顔見知りになり、最近では、「買い物に行くのが楽しみ」と言ってます。
私も新たに沢山の友人が出来ました。
どうやら我家族は、台湾に来てから「水を得た魚」の如く、エンジョイしている様です。

台湾で活躍している女優の田中千絵さんの事を以前、日本のテレビが取材していた事があります。彼女は単身、台湾に来て、北京語を勉強し、様々な苦労を乗り越えて、今の座を手に入れました。
彼女が一つだけ決めていたのが、「日本人とは一切付き合わない」という事だったそうです。
彼女の気持ち、判ります。私も25年前に台湾に単身、台湾に来たとき、「日本人とは一切付き合わない」と決めていました。

台湾が好きで、日本を捨てて台湾に移住してきた以上、台湾に来てまで日本人のお友達は必要ありません。何て事を書くと、また、様々なご批判を受けるかもしれませんが、やはり、この地に骨を埋める覚悟で来た以上、それぐらいの気持ちは必要だと思っています。

日々、沢山の台湾の人達と接する事が出来る今の仕事は、本当に幸せ以外の何ものでもありません。

よく台湾の人から「何故、わざわざ日本から台湾に移住して来たの?」と聞かれますが、理由はたった一つ、「台湾が好きだから。台湾を愛しているから。」

これから先、様々な困難が待ち受けているとは思いますが、大好きな台湾で仕事が出来るなら、どんな困難も乗り越えられる気がしますし、乗り越えてみせます。

25年前に台湾に来て、1年後に働いていた会社が倒産し、社長が国外逃亡。当時、会社の一室で寝泊りしていた私はそこから追い出されました。私のお金もすべてその社長に持ち逃げされ、一文無しの状態で台北の街に追い出された私は、「今に見ていろ!必ず這い上がってみせるから」の一心で、台北公園で1週間ほど野宿しました。その後、知り合いの紹介で検品落ちした服を無料で引取り、修理して路上で販売しました。その時も多数の台湾の人達のご好意を受けました。無料で家に泊めてくれたおばさん。毎日、お昼時になると、お弁当を届けてくれたおじさん。その後、自分で会社を作り、百貨店にお店を出せる様になりました。これも台湾の人達の愛情によって実現できた事です。

そして今。同じ台湾で、様々な台湾の人達の愛情に支えられ、まったくのゼロの状態からお店を始めました。不安はありません。あるのは、喜びと感謝だけです。

明日も、喜びと感謝の気持ちで、一生懸命、お弁当を作っていきます。

日曜日、月曜日は、カツカレー90元が70元になります。

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